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2012年4月29日 (日)

タンクパッド

ちょっと見にくいですが、タンクパッドを貼り付けました。
んー、まがっているよ。。。

Dsc_0006


ほんでね~。まだね~。

2005年7月19日 (火)

楽しみだ

連休中の話題。
某テレビ局社員が、未成年タレントの飲酒を容認した事で、番組出演自粛を
したそうだ。

これを報道しているのマスコミ各社の、今後の行動が楽しみだ。

自身の責任として「内部調査」を行って、結果を公表するか。

企業の不祥事を徹底的に叩いて、内部調査が甘いと報道するなら。
自身の潔癖を証明する必要があると、思うでしょうか。
「他人に厳しく、自分に甘く」では、CSR(社会的責任)に反する行為だ。

そういう企業が、CSRについて報道する状況に、視聴者・聴取者・読者はどのように感じるのか。

実に楽しみである。

残念なのは、すべての報道(テレビ、ラジオ、新聞、雑誌)に触れる事ができない事である。
ようは、楽しみの結果を検証(確認)できないのだ。

2005年6月 1日 (水)

マスコミ 真の目的は

以前書いた続きでもないのだが。
この文章を保存しているファイルの更新日付は5月8日となっている。
酔っぱらって書いたものだ。
文章がつながっていない、あるいは意味不明な所もあるが、そのまま掲載しよう。

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いたちごっこなのかも、知れない。
ただ、今回のJR福知山線の脱線事故の報道。

過熱過ぎませんか?
間違いなく悪いのはJRだが、些細な事まで公にしようと
していますね。
どこの会社、個人にも、問題行動があるはずです。

自転車の無灯火運転も「法律違反です」。
それが、もしかすると他人を傷つけるかも知れません。
でも、そのような事実がなければ、無灯火はなくならないのです。
そのような事故があれば、マスコミの皆さんは我先に取材して
公にするのでしょう。

横断歩道以外で道路渡るのも、問題ですよ。
他人にけがを与えるものではないが、自身と車・二輪車の運転者に
事故の可能性を増してます。
一般の国民は、何気ない生活の中で、たくさんの悪い事をしています。
ただ、それが事件、犯罪にならないだけなのです。

普段の何気ない行動に、どれだけ責任を持てるのか?

100%を求めても、それは難しいものだ。
報道のむなしさを、毎日感じている。


でも、こうやってリアルではなく、少し遅れて意見をアップする
自分もズルイのは確かだ。
文句があれば、素直に出せばいいのだが。

うまく言えないが、彼ら(報道関係者)の目的は何なのだろうか?
JR西日本の悪い所を、すべてあからさまにする事なのか。
被害者、遺族の方の思いを、少しでも穏やかにする事なのか。

その事(報道の目的)を、公にする事は報道関係者の義務であろう。
これだけたくさんのメディアがあるので、中にはそのような主張をして
報道している人もいるだろうが、「如何にして、JRのひどさを伝えるか」
を目的に仕事をしている人が大多数だと、確信する。


しつこいようだが、「○○の気になって、考えろ」は言うは安し。
「○○の気になる」のはとても大変である。
インタビューしている人のほとんどは、「なんとなく、悲惨だ」との思いで
やっているのだろう。
「JRどうのこうのではない。本人の運命だと思う。」と語る遺族もいる。
たとえそれが、時間がたっていないからそういう発言をしたとしても、それも
事実である。

いまものすごい形相でJR社員に語りかけているあなた、10年後にその自分
を見て後悔はありませんか?
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自分で言うのもなんだが。分からないでもないが、なんか
「吠えている人に対して、吠えている」といった感じか。
私自身に、「私が批難している彼らと同じ部分」がある事も事実だ。

偶然ではあるが昨晩、ある番組で、この事件の報道についての特集をやっていた。
その中で印象的だったのは、「報道側の問題は、視聴者側の注意すべき事でもある」。
たしかに、その通りである。

2005年5月 7日 (土)

天気が悪く、バイクに乗れなかった。
気温も低く、外に出る気がしない。

昨晩の楽天交流戦は残念な結果でした。
まだ、2試合ある。ガンバレ。

酔っぱらいながら書いた文章がこれだ
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私は極力、多面的に思考しようと試みている。。
これまでの人類の進化を考えれば、突然変異もあるだろうが、少数が重要であると考える。

今回のJR西日本の脱線事故。
たしかに、当事者にまずい部分はたくさんあったであろう。
しかし、JR利用者(私を含め)は通勤時間の短縮/時間の正確さを、どのくらい望んでい
たのであろうか。事故後にアンケートを行っているようだが、やはりこの事故を受けた後で
は正しい意識調査はできないだろう。

このような事故がなかっとして。
いま突然、電車本数が減らされて、がまんできますか?
この事故に怒っているのであれば、安全第一の対応であれば、自身の不便も受け入れるべき
なのでしょう。しかし、住宅事情など各人いろいろあって、今の生活があるのでしょう。


事故が起こる前に、JR自身が「お客さまの安全が第一」と考えて、そのような対応をした
場合(運用の限界となっており、運行本数を削除する)、どれだけの人が賛成するのか?


たくさんの反論があるでしょう。
しかし、「被害家族の身になって」と言うのは、難しいものです。
残念ながら、事象は異なるが「看病疲れで心中」など、報道では聞きますが、本当に看病に
疲れて生きていくのも耐えがたい、状況を想像できます?
私は、想像できません。死のうと思った事は、たしかにあります。しかし、思った事を実際
に行動に起こすのは、また違う思考があるとしか、思えません。なぜなら、その行動まで至
っていないからです。

極端に言えば、同一体験をしなければ、「身になる」事はできないのではないか、と思いま

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意味不明な部分もあるが、現在の報道に問題はないのか?

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